輸入禁制品該当土取消等請求事件訴状

請求の趣旨

  1. 被告東京税関長若林勝三が関税定率法第21条第3項に基づき、原告に対して1992年(平成4年)9月9日付けでした別紙物件目録記載の物件が輸入禁制品に該当する旨の通知書分を取り消す
  2. 被告国は原告に対し、別紙物件目録記載の物件を引き渡せ
  3. 被告国は原告に対し、金115万円及びこれに対する1992年(平成4年)9月9日から支払済みに至まで年五分の割合による金印を支払え
  4. 訴訟費用は、被告らの負担とする
との判決及び第三項につき仮執行宣言を求める。

請求の原因

第一 当事者

  1. 原告は、コンピュータ・ソフトウェア等の開発等を目的とする株式会社エルデの代表取締役であり、別紙物件目録記載の物件(以下「本件物件」という。)を輸入しようとした者である。
  2. 被告東京税関長若林勝三は、本件物件が輸入禁制品に該当する旨の通告書分を原告に対してなした者であり、被告国に所属する国家公務員である。
  3. 被告国は、国家公務員たる東京税関長のなした職務につき、国家賠償法1条1項の責任を負うものである。

第二 輸入禁制品該当通知の存在

  1. 原告は、アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストンにて本件物件を購入し、1992年(平成4年)8月7日、国際宅配業者であるDHLという会社に委託して原告方に発送した。

  2. ところが、被告東京税関長は、原告に対し、本件物件につき税関検査を行い、同年9月9日付(該当通知書番号第117号)で、関税定率法21条3項に基づく通知(以下「本件通知」という。)をした。

    記
    品名  写真集「ROBERT MAPPLETHORPE」
    数量  1 冊
    理由  風俗を害すべき物品と認められる。
    
  3. 原告は、右通知を不服として、1992年(平成4年)11月2日、関税法89条に基づき、被告東京税関長に対し、異義申立てをしたが、被告東京税関長は、同年12月17日、左記理由により右申立てを棄却する決定をし、右決定は同月21日、原告に到達した。


     本件写真集は、男性の性器及び女性の陰毛を明らかに表現した写真が掲載されており、わいせつ性を強く有するものと認められる。
     したがって、本件写真集は、法第21条第1項第3号に規定する「風俗を害すべき物品」に該当するものと認められる。(以下、略)

  4. さらに、原告は、右決定を不服として、1993年(平成5年)1月14日、大蔵大臣林義郎に対し審査請求をしたが、大蔵大臣は、同年4月5日、左記理由で本件審査請求を棄却する裁決をなし、右裁決は同月6日、原告に到達した。


     本件審査請求に係る写真集には、男性性器及び女性陰毛を明らかに表現した写真が含まれており、わいせつ性を強く有するものと認められる。
     したがって、本件写真集は、法第21条第1項第3号に規定する風俗を害すべき物品に該当するものと認められるので、審査請求人の主張には理由が認められない。

第三 本件通知処分の違憲・違法性

   しかし、以下に述べる通り、本件通知は違憲・違法である。

一 検閲禁止違反(憲法21条2項前段違反)

  1.  関税法は、出版物についても、他の貨物に対するのと全く同様に、輸入に先立ち事前の税関検査を行うものとし、関税定率法21条1項3号は、「公安又は風俗を害すべき書籍」等として、あへん等の麻薬類や偽造貨幣等と同視して、これを1般的に輸入禁制品と指定するとともに、関税定率法21条3項は、税関長が輸入に先立ち行った税関検査の結果、輸入許可申請にかかる出版物が「公安又は風俗を害すべき書籍」等に該当すると認める相当の理由があるときは、輸入しようとする者に対し、当該出版物につき輸入禁止と同1の法律効果を生じる通知を発すべきものとした上、さらに、右税関検査の規制の違反者に対しては厳しい刑罰を設けてその遵守を強制している。

  2. 現行の税関規制は、輸入出版物について、税関当局に、表現内容について強制的に検査し、その国内における公表を禁止する権限を付与するものであり、公権力による表現の事前抑制を認めているという点で憲法21条2項前段が禁止する「検閲」に該当するものであり(奥平康弘「税関検閲の違憲性」『同時代への発言・上』31~33頁〔初出、ジュリスト240号〔1961年12月15日号〕)、同条同項は公共の福祉による例外を認めない絶対的禁止と解されるから、関税法及び関税定率法のうち税関検査に関する各規定は、行政権による輸入出版物に対する検閲を認めている限度で、憲法21条2項前段に反し文面上無効である。

  3. したがって、違憲・違法な右規定を根拠として行われた本件通知も、当然に、違憲・違法である。

二 不明確故に違憲無効(憲法21条1項違反)

  1. 憲法21条1項が保障する表現の自由は、民主政治の根幹をなし、日本国憲法の核心である国民主権と直結するものであるから、憲法で保障される自由や権利のうちでも優越的地位を与えられており、法律で表現の自由を規制する際には、その規制の文言が不明確であれば、当該規制が本来憲法上保障されるべき表現行為にまで及ぼされて表現の自由が不当に制限されたり、国民に萎縮的効果をもたらして保障されている表現行為を自粛させるおそれがある。
     したがって、表現の自由を規制する法律の文言が、不明確であると認められる場合には、その法律は憲法21条1項に反し、文面上無効と解すべきである。

  2. 関税定率法21条1項3号の「公安又は風俗を害すべき」との文言については、「公安」が何を意味するかは全く不明確であるし、「風俗を害すべき」との文言についても、これを「猥褻な書籍、図画等」と解するとしても(最判1984年〔昭和59年〕12月12日・民集38巻12号1308頁以下)、その「猥褻」が何を意味するのかも不明確であるから(平川宗信「猥褻文書等頒布・販売罪と税関検閲」ジュリスト830号37~39頁)、右規定は、不明確の故に、文面上無効と解すべきである。

  3. したがって、違憲・違法な右規定を根拠として行われた本件通知も、当然に、違憲・違法である。

三 所持目的による輸入禁止の違憲・違法性(憲法21条1項違反)

  1. 憲法21条1項は、国民がいかなる情報を受領するかにつき、国家権力による介入を受けないことをも保障していると解すべきである。したがって、個人が自分で見たり読んだりするために書籍等を所持することが規制されてはならない。刑法175条の猥褻物頒布罪が、頒布、販売、陳列と販売目的による所持を処罰の対象し、販売目的によらない単なる所持は処罰していないのはその趣旨である。

  2. そうであれば、書籍等の輸入についても、単なる所持目的による輸入が禁止されてはならないと言うべきであり、関税定率法21条1項3号が、単なる所持目的である場合を含めて1律に「風俗を害すべき書籍」等の輸入を禁止しているのは、憲法21条1項に反する過度に広汎な規制であり(奥平康弘「税関検査の『検閲』性と『表現の自由』」ジュリスト830号21頁、横田耕一「税関検査の合憲性」法律時報57巻4号67頁参照。なお、関税法109条の禁制品輸入罪につき無罪とした東京高裁1992年〔平成4年〕7月13日判決・判例時報1432号48頁以下も参照)、文面上無効と解すべきである。

  3. したがって、違憲・違法な右規定を根拠として行われた本件通知も、当然に、違憲・違法である。

四 解釈適用の違憲・違法性

  1. 本件物件には、男性性器及び女性陰毛が写った写真が含まれているが、我が国の現在における国民の健全な社会通念に照して判断すると、本件物件は、「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめるもの」ではないし、「普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道徳観念に反するもの」でもないから、「猥褻」ではないと言うべきである。
     そもそも、猥褻性の判断にあたっては、その判断時における我が国の社会通念に照して行うべきであるが、我が国においても、男女の性器や陰毛を表現した写真、雑誌、フィルム、ビデオ、絵画、学術書等が多数、公然と展示、頒布、販売されており、我が国における性表現に対する社会通念は大きく変貌を遂げており、そのような現状を前提として、猥褻性が判断されなければならない。

  2. 本件物件は、その輸入書籍が、紀伊國屋書店等において、何らの修正を施されることなく販売されており、それに対して、警察当局による捜査や指導がなされたような事実は存しないことからも、それが猥褻性を有しないことは明らかである。また、本件物件の写真家であるメイプルソープによる男性性器が表現された写真は、ジョージ・レヴィンスキー著、伊藤俊治・笠原美智子訳『ヌードの歴史』(株式会社パルコ出版局)においても掲載され公表されている。
     本件物件が極めて芸術性の高い写真展のカタログであり、その性格をも併せ考慮すると、本件物件は猥褻性を有しておらず、したがって「風俗を害すべき」書籍でもないから、これに該当するとして関税定率法21条1項3号を適用した被告東京税関長の処分は、憲法21条1項に反し違憲・違法である。

第四 被告国の責任及び損害

  1. 被告東京税関長は、第3記載の通り、違憲・違法な通知をなしているが、右通知は、被告国の公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うにつき行ったものであるから、被告国は、国家賠償法1条1項に基づき、原告に与えた損害を賠償する義務がある。

  2. 慰謝料
     原告は、本件通知により、本件物件を入手することを妨げられ、これにより多大な精神的苦痛を被った。右損害を慰謝するには、少なくとも金100万円を要する。

  3. 弁護士費用
     原告は、本件訴訟のため弁護士に依頼し、その費用として合計金15万円の支払いを約した。

  4. よって、被告国は原告に対し、合計115万円の損害を支払う義務がある。

第五 結 語

    よって、原告は被告東京税関長に対し、本件通知の取消を求めるとともに、被告国に対して所有権に基づき、本件物件の引渡及び国家賠償法1条1項に基づく第4記載の損害金115万円及び不法行為の日である1992年(平成4年)9月9日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

証拠方法

  1. 甲第一号証 輸入禁制品該当通知書
  2. 甲第二号証 異議申立書
  3. 甲第三号証 決定書
  4. 甲第四号証 審査請求書
  5. 甲第五号証 裁決書

付属書類

  1. 甲号証写し 各一通
  2. 訴訟委任状 一通
1993年6月1日
原告訴訟代理人
弁護士 山下幸夫
東京地方裁判所 御中

物件目録

写真集「ROBERT MAPPLETHORPE」

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