岡山大学新聞 通刊254号 1980年12月20日

3・26管制塔戦士達に重刑求刑
太田君(岡大出身)に懲役十年

七八年三月二六日の三里塚空港開港阻止闘争を管制塔占拠で戦った十四人に対し、十一月二六日東京地裁において論告求刑公判が行われた。

この日検察側は航空危険罪について航空危険の認識の有無に関しての情報を空港公団が故意に閉ざしていた事実を無視して「航空危険の一般的可能性があれぱ充分」とし、事前共同謀議についても分離被告の虚偽の自白調書を全面的に引用してデッチ上げた。

そして「特別予防、一般予防の見地から厳罰に処すべし」と三里塚闘争、日本人民闘争への憎悪をむき出しにして被告達に懲役十三年から七年の不当長期重刑を求刑した。

この中で岡大出身管制塔占拠戦士太田俊之君に対しては航空危危険罪の実行共同正犯として十年の懲役が求刑された。

東京地裁裁判長花尻はこれまでも数回に及ぶ保釈請求を「証拠隠滅のおそれ」や「住所不定」などとして却下、逮捕以来二年九ヶ月にもわたって被告を不当にも長期拘留し、強権的裁判を押し進めており、太田君達に対しても重刑判決をかけてくる事が予想される。


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