岡山大学新聞 通刊249号 1980年1月31日

ボックス闘争中間総括 未だ闘いは終わらず!

 12月17日、ボックス対策委員会は新サークルボックス棟建設の着工に合意すると議決し、直ちに決議事項を学生部に伝えた。ボックス問題はここに新たな局面を展開したのである。
 ボックス問題の起因は、中教審路線を基軸に学生分断管埋強化を謀る政府=文部省の手先たる大学当局=学生部の"学生無視"にある。使用する主体である学生の声が十分に反映された新ボックスを克ち取り、管理運営権は学生に掃属するものであることを当局に認めさせることが、この問題の解決につながるであろう。
 そのためにまず、計画立案の過程で学生を疎外したことを大学当局に謝罪させねばならない。当局との対等な関係は謝罪抜きには生まれないであろうし、新ボックスに関する具体的な話し合いも不可能であっただろう。
 しかし、この方向性はボックス対策委員会内部のまとまりのなさ、認識の違いによってつまずいた。11月末から12月前半にかけて相次いで事態が変化し、そういった混乱の中で我々は当局の強行着工を全サークルで阻止するだけの可能性を失ない、12月17日の決着に至ったのである。しかしこの決議とともに確認された、「我々はあくまでも着工に関してのみ合意しただけであって、今後も謝罪文は要求してゆく」は、これまでの闘争の総括と今後の闘争の組み直しを我々に迫っているのではないだろうか。
(編集部)

 昨年6月14日に問題が表面化して以来半年以上にわたって我々の闘ってきたボックス闘争とは一体何んだったのだろうか。
ボックス問題は表面化した時点から闘争としてあったように思われる。学生を無視したことがまず我々にとって許し難いことであった。大学当局に学生を無視したことの謝罪を要求してゆくことで我々の闘争は貫かれてきた。強いて言うなら、新ボックスが建つ建たないの問題ではなかったのだ。勿論、面積のことや具体的な構造上の問題も対決点として残されてはいたが、それらは当局の謝罪の後に解決されるべきことであって本質的な問題とは言えない。つまり、大学側がその姿勢を正さない限り具体的な話し合いはできない、ということである。したがって、6月14日にあのようなかたちで表面化した以上、我々としても闘わざるを得ない状況を当局が設定したと言って過言ではないだろう。問題の表面化が即ち闘争の開始でもあったのだ。
 しかし、ボックス問題が最初から闘争を促すかたちで存在していたわけではない。大学側が「学生無視の日々」を巧妙に絶えることなく積み重ねてきたその成果が我々を怒らせるに十分なかたちで産み落とされたと言えよう。そしてこの問題が懐胎されたのは、77年3月に北ボックスが焼失した時点である。我々が大学当局の勝手な行動(全サークルを収容する新ボックスの構想や計画立案そして概算要求)にストップをかけ、当事者たる我々学生の要望を十分反映し得る話し合いの場が持てたとしたら、北ボックズ再建運動期であっただろう。焼け出されたサークルの工学部赤レンガ棟収容という臨時措置で一件落着を決めこんだ学友会総体の楽観が、ボックス問題の早期解決を見送ってしまったのではないだろうか。赤レンガはあくまでも借り物であっていずれ返さねばならないのだし、南ボックスやその他散在している木造ボックスの老朽化を考え合わせるなら、全サークルを対象とした新ボックスの建設が近いうちに行なわれるという予測はできただろう。北ボックス再建運動が学友会全体で共有されていたなら、そういった視点から問題解決の方途を模索できたはずである。新ボックスの建設を学生の側から強く要求してイニシアチブを握ることができたなら、ボックス問題は少なくとも謝罪文要求を軸に展開することもなかったであろう。
 しかし、実際にそのような運動を進めてゆける学内状況ではなかったのだろう。そのことは、この半年間に幹事会あるいはボックス対策委員会でさらけ出した学友会のまとまりのなさに十分窺える。いわゆる「しらけ」で包括される学生状況が、当局の学生無視とあいまってボックス問題を生み出したのではないだろうか。『岡山大学新聞』238号(78年9月30日発行)に「どうなる新BOX?」という記事がある。その要旨は、北ボックス消失によって全サークルを含む新サークルボックスの建設が予定されるが、この問題は学生の主体的な建設運動によって解決されなければならない、というものである。そして「現在の様に大学における広い共同性が失われ、各サークル内にのみ安住している限り、強力な新ボックス棟建設運動を組織することは困難であるだろう。また共同性が徹底的に崩壊した時、サークルや個人は大きな力の前に全く無力であるだろう。」と同記事は指摘した。結果をみるなら、これらの考察はただ単に学友会運動の停滞を告発したに止まり、自ら告発した状況に埋没してしまったのである。
 学生無視というかたちで問題が表面化したのは、大学当局の汚さは当然のこと学生の無関心・無気力も間接的要因であっただろう。学生の無関心・無気力は、表面化以降の闘争の過程においても甚だしい障害となって我々に不利な闘いを強いることになったのである。
 ボックス闘争は、権力として我々学生を管理しようとする大学当局との対峙に加え、我々自身の主体の確立・意識の変革を目指すという点において、単なる施設要求運動とは性格を異にするものである。しかし、問題の本質を把握しないとやはり施設要求運動に堕する可能性は十分にあるのだ。
 12月17日の着工承認決議(於ボックス対策委員会)は、ボックス闘争の過程において如何なる意味を持つのか。
 まず確認しなければならないのは、文字通り新ボックスは建設される。ということである。しかしながら学生無視に対する謝罪はなされていない、これもまた厳然たる事実である。
 では、謝罪文が取れずに着工に合意してしまった(せざるを得なかづた)のは何故だろうか。その理由は明らかにボックス対策委員会内部のまとまりのなさ、即ち各サークルの「謝罪文要求」に対する認識の食い連いにある。
 例えば、10月17日のボックス対策委員会または11月7日の徹夜の幹事会で論議された「謝罪要求を建設着工合意の前提とするか否か」における二つの見解は全く相容れないものであっただろう。謝罪文を取ってからでないと着工に合意することは出来ない、という意見と、謝罪文は着工に合意した後でも建設と並行して取ってゆける、という意見の対立を「両者とも謝罪文を要求するという点で一致している」と安易にまとめてしまったことが、結果的に大きな間違いであった。前者の謝罪要求に対する姿勢と後者のそれは、「取る」と「取れなくとも良い」ほどの違いがあったのだ。つまり、謝罪文そのものに対する認識のずれを是正する作業を抜きにして結論を急いでしまったのである。相反する二つの意見がぶつかり合っている状態を指して「まとまりがない」と言うのではなく、むしろ安易に妥協してしまった状態を指して言わねばならない。
 11月15日のボックス対策委員会で決議された三項目要求(事実経過参照)の第三項に関しては、十分な討論を経て一致したものとは言い難い。この点についての各サークルのまちまちな姿勢が、謝罪文を確認書に改め、それさえも全力をあげ切れずに着工を認める、という弱腰な対応に結びついたのだろ。
 12月11日の対策委員会では、謝罪文は要らない、というサークルが表われた。それまでのボックス闘争そのものを全否定するようなこの意見は、粉砕されるべきものではあったが、そのような意識を内包しつつ進めてきた謝罪文要求の闘いを改めて問い返す意味での試金石たり得たのではなかろうか。
 対策委員会内部のまとまりのなさを、希薄な関係であえてまとまろうとするよりも、とことん対立し合ってまとまらないことを認識すべきである。内部矛盾を引きずったままの闘争は、あまりにも脆く弱いものであろう。我々は、この誤ちを深く捉え返し、今後の闘争に臨むべきであろう。
 建設着工に合意した今となっては、謝罪文を前提とするしない、の論議は不毛であるかもしれない。しかし、11月7日に決着のつかぬまま折衷案で議論を打ち切ってしまったことが、前述の様に当局に対して弱かった原因である以上、再びそこから出発すべきである。
 謝罪文を何の為に要求してゆくのか、何故必要なのか、という根本的なところをもう一度確認しなければならない。
 最初に触れた様に、ボックス問題は表面化とともに我々に闘争を強いた。学友会と何の話し合いもせずに計画立案したことは、新ボックスについては学友会と話し合い合意のうえで、との申し合せを破ったことになる。しかも「学生の言うことを聞いていたら文部省から予算が下りない」などと、さらに我々学生を適当にあしらう構えで学生部は開き直った。大学当局は政府−文部省の顔色を窺いながら「予算をください」と懇願し、まさに権力の飼い犬となっているのだ、と自ら暴露しているようなものだ。
 そして飼い主たる政府−文部省は、産業の要請する文教政策−中教審答申にみられるように、学生分断管理を強化することで能率的に国家(権力)に忠実なハイタレントを生産する差別選別〜人間疎外の教育方針−を大学当局に遂行するよう命じる。上から下に降ろされた政策にはおよそ学生の声を聞き入れる余地など皆無に等しい。70年代を貫いてきた中教審路線は学生無視の連続だっただろう。上から下への政策が着実に学生を管理してゆくとともに、下から上への声はそれが切実であればあるほど強引に切り捨てられただろう。
 そして今や、学生の声を聞くだけのルートも閉ざされようとしている。ボックス問題はまさにそれが問題なのであって、閉ざされんとする扉を押し開け、いやむしろ閉ざせるような扉は叩き壊し取り払わねばならない!だろう−ここにボックス問題が闘争に発展せざるを得なかった理由があるのだ。
 我々は、権力となって学生を管理しようとする大学当局を許すことはできない。我々学生が大学の構成員であるからには当局と対等に話し合えるはずだ。また話し合う場が保障されるべきだ。
 今後二度とボックス問題の様な学生無視はあってならない。我々が大学当局に謝罪を要求するのはその為である。
 12月17日、学生部に申し渡した「あくまでも着工に合意しただけで、今後も謝罪文を要求してゆく」が単なるたてまえで終わってはならない。


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