07/20 暗号の自由をめぐる政府と開発者の闘い『暗号化 プライバシーを救った反乱者たち』

先日、ブックフェアの会場でスティーブン・レビーの名前にひかれて購入した。500ページもの大作だけど、一気に読了してしまった。暗号の自由をめぐる、米国政府と開発者たちの30年に渉る闘いの記録だ。
暗号化 プライバシーを救った反乱者たち
著者:スティーブン・レビー
翻訳:斉藤隆央
出版社:紀伊國屋書店
価格:本体2500円+税
ISBN4-314-00907-1

アメリカでは戦後、国家安全保障局(NSA)が暗号の開発を一手に管理し、民間での暗号研究をきびしく制限してきた。NSAには世界最高の暗号研究者が集められ、スーパーコンピュータを駆使して暗号の研究と解読を行ってきた。

NSAは民間人が暗号を研究しようものなら、特許や補助金、輸出規制などをからめ、さまざまな手段を講じて妨害してきた。暗号は重要な軍事物資であり、それを民間が使うなど許せなかったのだ。

だがパソコンとネットワークが広く普及するようになると、民間の暗号開発を食い止めることは困難になってきた。すべてがデジタルでやりとりされる時代になれば、ビッグブラザー(政府機関)や犯罪者が、民間人のプライバシーや企業の秘密を監視できるようになる。その対策には暗号化が必要だった。

1970年代、暗号の研究に取り組んでいたホイットフィールド・ディフィーはマーティン・ヘルマンと運命的な出会いを遂げた。

「スタンフォードの僕のオフィスで30分だけ会う約束をしたんだ」今のマーティン・ヘルマンは振り返る。「話してもなんにもならないと思ったからね。ところがどうだい」こうして、やがて世界に名だたるペアとして共鳴するふたりが結ばれた。ウッドワード-バーンスタイン、レノン-マッカートニー、ワトソン-クリックのように。
ディフィー-ヘルマン

二人は「ディフィー・ヘルマン鍵共有」と呼ばれる、革命的な暗号を発明した。暗号化鍵を隠す必要がない、むしろ積極的に公開する公開鍵暗号は、暗号の歴史を180度転換するものだった。

ディフィー・ヘルマン鍵共有はロナルド・リヴェスト、アディ・シャミル、レナード・エイドルマンによって秘匿や認証機能を加えたRSA(3人の頭文字)公開鍵暗号システムとして実装され、ロータス・ノーツをはじめとする一般向けのアプリケーションにも搭載された。

暗号が市場に出回るようになると、政府はいつでも中身を解読できる「トラップドア」の設置を暗号に強制しようとした。政府は市民のメールや電話を自由に盗聴できるようにしようというわけだ。これに対し、様々な反対運動が起きた。

そのもっとも大きな成果が、PGP(プリティー・グッド・プライバシー)だった。反核運動での逮捕歴があるフィル・ジマーマンは、人民のために独力で公開鍵暗号システムを開発した。1991年6月、完成したPGPは仲間のケリー・ゴーンによって公開された。ゴーンはラップトップPCと音響カプラを車に積んでベイエリアを走り、公衆電話を見つけてはPGPをアップロードし、また次の公衆電話へ走った。

「差し止め命令によって政府に阻止される前に、アメリカじゅうにできるだけ多くのコピーをばらまきたい」

トラップドア法案は取り下げられたが、政府はあくまでも暗号を手中に握っていようと無駄な努力を続けた。今度は政府に暗号鍵を預託する「クリッパーチップ」をコンピュータや携帯電話に搭載することを義務づけようとした。これも猛反対を食らうこととなった。

「暗号鍵がアメリカ政府の鍵預託機関に収められているようなセキュリティ・システムを、どこの外国企業が欲しがるだろうか?」

グローバルにビジネスを展開するアメリカ企業にとって、外国企業が買わないような製品はありえない。暗号の輸出規制はアメリカの国益を損なう!

結局、1999年12月、政府はどんなに強力な暗号でも自由に輸出できることを認め、暗号規制はこれで終わりを告げた。世界中で誰もが安全な暗号を使えるようになったのだ。

今、私たちは意識するしないに関わらず、様々な場面で暗号を使っている。携帯電話や無線LANは通信内容が暗号化されており、傍受してもまったく内容はわからない。仕事で書類を送るときに、Officeやzipでパスワードをかけるというのはごく普通の光景だ。

ディフィーが公開鍵暗号を発明しなかったら、リヴェスト・シャミル・エイドルマンがRSAを発明しなかったら、ジマーマンがPGPを公開しなかったら、私たちは暗号を自由に使うことができず、公安警察や犯罪者たちに通信の中身を盗み見られていたかもしれない。

一切数式を使わずに暗号の仕組みを解説し、さらに人間ドラマとしてまとめたのは、さすが名作『ハッカーズ』の著者スティーブン・レビーだけのことはある。2002年に発行され、今では入手しにくくなっているようだが、暗号やセキュリティに興味のある人はぜひ読んでおくとよいだろう。

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