07/06 電子書籍への想いが感じられない『出版大崩壊 電子書籍の罠』

光文社の元ベテラン編集長が電子書籍について書いたということ、『某大手出版社が出版中止した「禁断の書」電子書籍の”不都合な真実”』とセンセーショナルなコピーもあって話題となった。だが、その内容は相当にお粗末なものだった。

まず著者が、電子書籍とどうかかわろうとするのか、その思いが伝わってこない。山田順氏は編集プロダクションメディアタブレットを立ち上げ、電子書籍の制作も手掛けている。電子書籍業界の人間であり、電子書籍は自分のビジネスのはずだ。

しかし、前半の方で

「結局、日本ではアメリカのような電子書籍市場は立ち上がらないのではないか」

今の私は、そう確信している

と、電子書籍をばっさり切り捨ててしまっている。

山田氏は電子書籍だけでなく、デジタル化そのものにも否定的だ。ただ、その論旨がおかしい。

たとえば違法コピー問題などで苦しむ音楽産業と、単価が下がって衰退するアニメ業界を引き合いに出してから、

デジタル化というのは、「失業を生むシステム」と言い換えることができる。

と断言。

アニメがこんな状況になったのは、コンピュータによるデジタル制作が進んだからである。デジタル化の影響でまずなくなったのが、絵の撮影の仕事。続いて仕上げ(背景などを含めた彩色)の仕事もなくなった。これらの下請け会社はほとんどが潰れた。潰れるのを回避しようと人件費の安い中国や東南アジアに単純作業は丸投げするようになった。

と、原因と結果をごっちゃにしている。アニメ制作プロダクションは製作費が削られ、人力ではやっていけなくなったからデジタル化とオフショアに生き残りを求めたのではないか。

また、山田氏はケータイ小説やケータイマンガ、その読者については徹底的に蔑視している。

紙の本や新聞を読まなくなった若者たちは、昔の若者たちよりはるかに大量の活字(文字)情報に、ネットを通じて接している。また、毎日必ずといっていいほどメールを書いているはずで、これほど若者たちが文字を使っていた時代はかつてなかっただろう。つまり、活字離れなど起こっていない。起こっているのは「紙離れ」だけだ。

と若者の活字離れは無いと述べる一方で、ケータイマンガやケータイ小説、その読者をバカにしているのだ。

ケータイマンガもケータイ小説も、それを支えているのは7割が女性で、はっきり言って、本などほとんど読んだことのない若者たちである。

あるいは知人の声を借りて

「出版社の人間はみな一流大学を出て、高倍率を勝ち抜いて編集者になっている。だから、偏差値が低く、本など読まない若者がいることも、そうした若者の気持ちもわからない」

大手出版社も、みんなマンガでうるおってきたのではないだろうか? 我こそは知的エリートであると自負するのはいいけれど、学歴が高くても、一般人に受けるコンテンツを作れる人はいくらでもいる。

また、活字信仰の裏返しなのか、動画については激甘だ。

2010年4月、「iPad」が登場すると、電子書籍はアプリになってしまった。「iPad」を手にして、「App Store」にある電子書籍アプリ『Alice for the iPad』を見た瞬間、私は思わず「これが本なのか」と思った。

なにしろ、「iPad」を左右に揺らすと、イラストも揺れる。タップすればアリスは伸び縮みする。これは、もう本とは呼べないデジタルコンテンツである。

収益を上げられるコンテンツとして考えるなら、単に紙の本をデジタル化した電子書籍より、断然アプリだと思われる。

こういったインタラクティブコンテンツは20年以上前から、「マルチメディア」と呼ばれてきた。だが、それで儲かった企業がどれだけあるのか。静的な文字情報主体の書籍と、動的なマルチメディアは別のジャンルなのだ。アプリなら絶対に儲かるなど、あり得ない。

あきれてしまったのは、映像は編集しなくても、そのままでコンテンツになるというくだりだ。

プロのジャーナリストは、訓練によって原稿の書き方を学んできた。原稿というのは、映像と違って、そのままコンテンツにはならない。「YouTube」には素人映像が溢れているが、映像は編集しなくともそれだけでコンテンツになり得る。

編集しなくてコンテンツになる映像などあり得ない。最低限、不要なシーンはカットしなければ他人には見せられない。ストーリー性がある作品を作るとなれば、きちんとシナリオを作り、膨大な映像から使うカットだけを抜き出し、並び替え、音楽や効果音、ナレーションを加えるという作業が必要になる。その手間や時間、コストは文書を公開するのとは比べ物にならない。

結局、山田氏はマスコミ業界の給与がIT業界並みに下がることを恐れているのではないだろうか。

朝日新聞といえば新聞界ではもっとも高給で知られ、30代で平均年収1000万というのが常識だった。これは民放キー局や大手出版社でもほぼ同じだが、デジタルコンテンツ時代になると、このような高給は維持できない。IT産業側には、こんな高給社員はいない。幹部、専門クラスをのぞいて、ウェブメディアをつくっている人たちの年収は、30歳で500万円がいいところという。

ということは、このまま電子出版が進んでコンテンツが紙から電子になってしまえば、既存メディアの社員の給料は半減することになる。

マスコミ業界の正社員給与が異様に高いのではないか、という発想はないようだ。さらに派遣や臨時雇用、それに編プロやフリーで働く人たちの給与がいくらで、どれだけ過酷な労働条件かということは眼中にない。

本書の最後は、デジタル化に対する嘆きで終わっている。

電子出版は否応なく進展し、プリントメディアの崩壊が近づいている。いままで自分はなんのために仕事をしてきたのだろうか? と、日々考えるようになった。

この状況で言えるのは、もう後戻りはできないということ。そして、オンラインがいやなら、ネットに接続しなければいいということだけだろう。

『某大手出版社が出版中止した』のは、内容が過激で出版社の方針にそぐわなかったからではなく、お粗末だったからではないのだろうか。

『出版大崩壊 電子書籍の罠』

文春新書

山田順

本体価格800円

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