02/11 高校闘争から半世紀シンポジウム

先月の糟谷孝幸さん50周年集会でもらったビラの中に 「高校闘争から半世紀~私たちは何を残したのか、未来への継承~高校生が世界を変える!」 シンポジウムというのがあった.当時の高校全共闘メンバーを中心にゲストが山本義隆東大全共闘議長.2・11というと反天皇集会もあるけれど,50年目の節目ということでこちらのシンポジウムに行ってきた.

お茶の水の連合会館大会議室はかつての高校生でぎっしり.69年が高校闘争のピークだから,ぼくより4歳ぐらい年上だ.中学生・高校生にとって4年の差というのは大きい.我が中大附属高校もバリケード封鎖があったようだが,自分が入学する前の年,71年に制服が廃止され,校則はほとんど無いに等しい状況で,闘争は実質的に終わっていた.

シンポジウムは3部構成.第1部は 東大全共闘議長山本義隆さん+武蔵高校,都立北高,麻布高校,都立上野高校,慶応高校,教育大駒場全共闘OB.卒業式粉砕から王子野戦病院反対闘争,そしてバリケード封鎖など多くが68年・69年の闘い.慶応高校の福井伸一さんだけがぼくと同じ72年入学.

山本さんは参加者からの問に答えて

「東大闘争のスローガンは帝大解体で,自己否定は言ってなかった.自己否定は安田闘争以降ではないかと.自分は60年安保闘争世代で,東大闘争時には大学院生.大学院生と学部生はかなり立ち位置が異なっており,産学協同と言っても学部生は就職先としての産だったが,理系大学院ではもろに企業からの委託研究という現実で産学協同が行われていた.大学院生,特に東大大学院の闘争は特権を守り獲得するものであって,特権者としての分け前を要求する闘争に違和感を持ったのが自己否定ではないか.
去年,京大11月祭に山崎博昭プロジェクトで行った.いろんな立て看が並んでいたけど,香港理工大が警官隊に包囲され,突入直前だというのに香港理工大に連帯する立て看が1枚もなかった.自分たちがこの50年間何をやってきたのか悔しい」

第2部はその香港の闘いから.香港をたびたび取材しているフォトグラファーの初沢 亜利氏,在日香港学生と天安門世代の女性,そして昨年東洋大で「竹中平蔵教授による授業反対」の立て看を出して退学恫喝を受けた船橋秀人さんが壇上に.

初沢氏は,現在の香港は新型コロナウイルスでパニック状態だが,それは香港政府も中国政府もまったく信じていない,感染者数など発表している数字を信じていないからだと.

司会を務めた武蔵高校全共闘の高橋順一さんは,香港ではなぜ勇武派と穏健派が分離しないのかと質問した.

それに対し在日香港学生は,あまりの警察の暴力に一般市民が怒り,勇武派を支えている,勇武派と穏健派と分けることはできないと述べた.また,Lさんは香港の若者は一国二制度の保証が終わる2047年を生きなければならず,闘いを辞めるわけにはいかないのだと.

第3部は現在の日本の若者たち.『高校紛争 1969-1970――「闘争」の歴史と証言』著者の小林哲夫氏が司会を務め,2015年反安保法闘争を闘った当時の高校生から現役の高校生まで,十数人が登壇した.

グレタ・トゥーンベリに賛同し,気候変動に関わる高校生もいれば,69年に廃止された制服が校長の一存で復活されたのに生徒会で反対し,現在はブラック校則への告発運動を行ってい大学生もいる.中学生時代に三里塚闘争を知って反安保法闘争に参加するようになったという発言には会場がどよめいた.教師の翼賛組織になってしまった生徒会に見切りを付け,新たな生徒の自治組織を作ろうと奮闘している高校生もいる.

元麹町中学全共闘で世田谷区長の保坂展人さんがコメントしたけれど,「世田谷区の中学では,こんな取り組みをしています.」とすっかり政治家発言になってしまったのは残念.

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