01/13 糟谷孝幸さん追悼50周年集会

1969年11月13日,佐藤訪米阻止闘争を大阪で闘った岡大法文学部2回生の糟谷孝幸さんが機動隊から警棒の乱打を受けて殺されてから50年.当時の岡大生を中心とした人たちの呼びかけで50周年追悼集会が開かれた.

69年11月というと,自分は府中の中学1年生.もちろん生前の糟谷さんとはまったく節点が無い.一番身近な政治的死は,府中市内にあった日大文理学部生にビラをまいていた日大全共闘中村克己さんが,日大の右翼学生に襲撃され,京王線の踏切に追い詰められてひき殺された事件.これはちょうど府中図書館に行ってて,大國魂神社境内をヘルメット姿の学生集団が追悼集会を開いているのを見て知った.デモにも付いていった.

それなりに活動していた高校時代も糟谷さんのことは知らなかった.岡大に入って,北津寮に入っても糟谷さんの名前は聞いたことがなかった.

糟谷さんのことを知ったのは,新聞会の活動を初めてからだ.当時の岡大新聞,69年12月号が1面追悼特集だった.

自分にとっては伝説の闘士,樺美智子さんや山崎博昭さんと同じく,闘いの半ばで国家権力に殺された烈士の一人でしかなかった.

その自分がたまたま糟谷孝幸プロジェクトの賛同人となり,大阪の追悼集会にまで参加することになった.糟谷孝幸プロジェクトは,糟谷さんの没後50年を期に,彼の生き様,そして権力犯罪を許さないという運動として,日本原の 内藤 秀之さんや新聞会OBの山田さんによって始められた.東大生で60年安保ブンドの樺さんについては多くの本が残されているし,67年10・8第一次羽田闘争で倒れた京大生の山崎博昭さんについても ちょうど68/69全共闘50年ということもあり,山崎博昭プロジェクトによって記録が掘り起こされている.

残念ながら地方大学岡山大学の学生で,闘争が敗退していく69年11月の事件については記録も少なく,風化していくのも早い.それは72年1月に連合赤軍妙義山アジトで殺された理学部の行方正時さんや,75年5・25でマル青同に殺された北津寮1回生大沢真さんにおいても同じだ.

内藤秀之さんは糟谷さんの2年年上.当時は医学部の学生でプロ学同の活動家だった.どうも糟谷さんはプロ学同のメンバーではなく,ノンセクトだったようだが11・13ではプロ学同の隊列に参加していた.そして 医学部を中退し,県北奈義町日本原で自衛隊演習場に反対して闘っている内藤家に養子として入り,農民として日本原闘争を牽引されてきた.

新聞会OBの山田雅美さんは,68年ごろの岡大新聞編集長.ぼくの学生時代には新聞会OBというより,岡山のプロ青同活動家としていろんな闘争でお世話になった.

そんな2人から依頼があって,呼びかけ人は荷が重いけれど賛同人なら,ということ名前を連ねた.他には管制塔占拠の太田さん,横堀要塞戦の光吉君,女子寮の鬼木さん,新聞会後輩の井奥君などが呼びかけ人や賛同人になっている.山本義隆東大全共闘議長や東大助手共闘の最首悟,世界赤軍の重信房子さんといった,伝説の活動家もいるし,意外なところでは府中緊急派遣村・チマチョゴリ友の会をやっている松野哲二さんも.

どういういきさつか,50年となる11月13日には集会が開かれず,糟谷さんのお墓に行くことになったという.12月には東京で集会があったが,この時は未来デザイン会議のイベントが入っていたので欠席.

そして1月13日に大阪のPLP会館で本番ともいうべき50周年集会が開かれることになった.しかし大阪は遠い,新幹線で往復したら3万円弱かかってしまう.夜行バスなら往復1万円ぐらいだけど,翌14日が情報経済論II最後の講義.夜行バスで帰ってくるのも辛い.

そうしたら,14日に大阪で出張打ち合わせというラッキーな案件があり,しかも宿泊費まで出してもらえるので,13日の集会に参加できることとなった.

しかし,ここで大きなミスをしてしまった.会場のPLP会館はJR天満駅から近い.ところがどこで勘違いしたのか天満駅を天満橋駅と読み違えてしまった.新大阪から大阪を経由して天満橋へ.余裕を持って昼食を摂って,会場の場所を再確認しようとしても,近所にそんな建物はない.チラシをよ~く見たら天満だった.

あわてて天満橋から天満へ移動し,会場に飛び込んだらすでに集会は始まっており,内藤さんの基調講演は後半しか聞くことができなかった.

その後,フランス文学者海老坂武さんによる「1969年とは何であったのか」や山崎博昭さんの実兄である建夫さん,当時の岡大同級生などが登壇した.同級生や岡山の人の話だと,糟谷さんは特にめだった活動家ではなく,事件が起きて驚いたという.

集会後はすぐ近くにある扇町公園に移動.簡単な献花台を作って遺影の前に献花した.内藤さんが「糟谷が機動隊とぶつかったのは,すぐそのあたりです」と公園前の道路を指さす.

天満駅近くの居酒屋で懇親会.ここは1テーブル4人と決まっていて,初対面で同世代の大阪の人たちと一緒になった.

その後,岡山に帰る太田さんや光吉君,鬼木さんたちと新大阪に移動し,2次会.いろいろ岡山の話も聞けて良かった.

糟谷プロジェクトでは秋に本を出すという.ちゃんとカンパ送らなければ.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください