8/14 府中で福島菊次郎さんの講演と写真展

60年代から80年代にかけ、広島、全共闘闘争、三里塚闘争、自衛隊・兵器産業などを反権力の視点から撮影し続けてきた写真家、福島菊次郎さんの最終講演と写真展が府中のグリーンプラザで開催された。友人の一ノ瀬さんが主催者ということもあり、サイトを構築したり、昨日は朝の写真パネル設置から打ち上げまでおつきあい。

89歳になる福島さんは現在、山口県に一人暮らしをしており、体重39キロ。お元気そうだが目も耳もだいぶ悪くなり、今回の講演会を最後に公の場には出るのをやめるということで、”『遺言 Part3』福島菊次郎 最終講演&写真展”というタイトルとなった。前回、08年9月にグリーンプラザで開催された講演会でも、「これが最後」と言っていたような気がするが、それはまぁいいだろう・・・

前回は写真展はグリーンプラザ分館の狭いスペースで行ったため、かなり混雑してゆっくり写真を見ることができなかった。今回は3倍ぐらいの広い会場を使い、展示した写真点数も350点と大幅増。戦後間もない瀬戸内海の離島での生活を撮ったものなど、初めて見る写真も多かった。


ガサ子ちゃん・河内丸君が来場。河内丸君に会ったのは何年ぶりだろう? 一ノ瀬さんの二人のお嬢さんもスタッフとして参加。お姉さんのマナさんは元マニラ新聞記者で、現地では岡大の後輩である社研の橋本君と一緒だったそうだ。

講演会は、お盆の真っ最中ということもあって前回よりやや人が少なかったけれど、福島さんは2時間以上にわたって戦争のこと、加害者としての日本人、天皇制、自衛隊、憲法などについて熱く語った。多少、数値の間違いはあったけれど、さまざまな歴史的事項を覚えているし、現代社会への見方も適格。とても89歳の老人とは思えない。暴漢に襲われたり、自宅に放火されたこともあったが、「私は報道写真家としてやるべきことをやってきただけです」と、ぶれない生き方を貫いてきた信念を披露してくれた。

講演会終了後、7時まで写真展会場で新刊の「殺すな 殺されるな」にサイン。女性ファンを中心に長い列ができ、しかも一人一人とじっくり話をしていたので、列はいつまでも減らなかった。

ぼくにとって福島さんとの出会いは70年代、雑誌に掲載された三里塚闘争や全共闘闘争の報道だった。そして80年に刊行された写真集「戦後の若者たち―日本の戦後を考える 叛逆の現場検証」は、何度も岡大新聞のカットとして使われ、ボロボロなっているけれど、今でも手元に大事に残っている。宝物のような一冊だ。

写真展は今日、明日も開催
福島菊次郎 最終講演&写真展

「8/14 府中で福島菊次郎さんの講演と写真展」への2件のフィードバック

  1. 河内丸です。ガサ子氏がわざわざ連れてきてくれたのに、たまたま同時に気付いた女性と話し込んでしまい、お話できず申し訳ありませんでした。件の女性は、年に1~2度はお会いする星野暁子さんという方で、そのお連れ合い星野文昭さん (http://fhoshino.u.cnet-ta.ne.jp/) が徳島刑務所で最近懲罰を受けたばかり、というわけでその後の経過がとても気になっていたんです。

    >河内丸君に会ったのは何年ぶりだろう?

    以前から福島菊次郎講演会のスタッフをやっておいででしたら、2005年7月20日「戦後60年 戦争が始まる」講演会以降、福島さんの講演のたびに毎回参加していますから毎回接近遭遇していたんだと思います。一昨年の敬老の日もお見かけしています。声をかけそびれましたが、ガサ子氏から会話したと報告は受けています。

    5年前とくらべて福島さんは驚異的に回復なさっているように見えました。当時、杖に頼ってソロソロと歩かれるので、はらはらしたことを覚えています。大阪毎日放送の番組でも、カメラを持ってあちこち歩きまわっておられるではありませんか!

    ぼくとガサ子にとって福島さんとの出会いは、1987年の『戦争がはじまる』(社会評論社)の出版記念講演か何かだったのではないかな。二次会で年配で女性の元テレビプロデューサーと盛り上がってしまい、福島さんそっちのけでワイワイはしゃいでいた記憶があります。その年のニューズレターで『戦争がはじまる』の書評を載せたところ、福島さんご自身の葉書が届きました。

    以後、福島さんから目が離せなくなり、現在に至っているというわけです。

    再び来年にも福島さんの講演会が開かれるなら、そのときにまた!

  2. >二次会で年配で女性の元テレビプロデューサーと盛り上がってしまい、福島さんそっちのけでワイワイはしゃいでいた記憶があります。

     誤解が生じる可能性がありますから補足いたしますが、「盛り上がった」話はすべて、プロデューサーが福島さんのキャラクタを説明したところなんです。福島菊次郎さんのどこが凄くてどこが面白いかという点を克明にお話ししてくれた。たとえば、東大安田講堂の攻防で、彼(福島菊次郎)は結果的には安田講堂の外から撮ってしまった。福島さんは安田講堂には入れたにもかかわらず入らなかった。彼はそれを激しく悔いるわけです。その元プロデューサーが福島さんを非常に高く評価したのはその点についてでした。権力の側から撮るのか、反権力の視点から撮るのか。彼はあくまでも反権力の側に身を置いて撮ろうと努めた人だった、そんなカメラマンはこれまでいなかったし、今後も現れないだろう、と熱っぽく語っていました。そういう話が「盛り上がった」んです。

     ぼくは痩身で背も低い。それが長年のコンプレックスだったんですが、その女性プロデューサーは笑いながらもはっきり言いました。「福島さんはあなたよりも背が低い、そしてあなたよりも痩せている。でも福島さんは誰よりも魅力的なのよ」(要旨)。

     そして、プロデューサーないしディレクターとして福島さんを被写体にした経験談、その裏話を熱っぽく語ってくれた(ほとんど覚えていませんけど)。そういう話でその場は激しく盛り上がりました。

     二次会の中心である福島菊次郎さんをそっちのけにして、そんな話で盛り上がっていたというのは、そういう意味なんです。

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