3・26三里塚空港包囲突入管制塔占拠から40年

1978年3月26日の三里塚空港包囲突入管制塔占拠から40年。三里塚芝山空港反対同盟と元管制塔被告団主催の「今こそ新たな世直しを!3.25集会」がお茶の水の連合会館で開かれた。


自分は3月26日には,岡山に帰って寮にいた。岡大新聞会を再建し,再刊第1号を出すということで。でも,それは4・1開港を何がなんでも粉砕するという反対同盟,支援の熱気に,何が起きるか,巻き込まれるかという恐れで逃げ帰っていたのかもしれない。
その後ろめたさが,管制塔被告給与差し押さえの1億円賠償闘争や,映画『三里塚のイカロス』への支援にかりたてたのだろう。
『三里塚のイカロス』,制作費を集めるクラウドファンディングで協賛し,上映チケットももらったのに,渋谷イメージフォーラムでの公開は,気がついたら終わっていた。なので,今日の上映で初めてみた。
支援の人々,中核派の現闘責任者,自宅を爆破され愛犬を殺された空港公団の担当者,お茶の水女子大や学芸大を中退して農家に嫁いだ支援の女性,塹壕を掘っている最中の落盤で下半身不随になったインターの人・・・ いろんな人たちが66年の「新国際空港は三里塚に」という突然の閣議決定で人生を変えられた。
いろんな人たちの発言があったが,印象的だったのは農民は空港内部の設計図,地下暗渠の地図を事前に持っていたということ。つまり公団内部に反対闘争へ心を寄せていた人がいたのだろう。その設計図・地図無しには管制塔直下のマンホールにたどり着き,最上階に駆け上がることはできなかった。
今回,岡大出身管制塔占拠戦士太田さんに40年ぶりに会うことができた。当時,プロ青の隊列にくっついて三里塚行くことが多く,78年3月1日の集会でたまたま太田さんに会ったのが最後だった。
今は岡山に住んでいるということで,元気そうでなにより

中央が太田さん

三里塚芝山空港反対同盟旗

共産主義労働者党(共労党)機関誌『統一』

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