20世紀初頭の農村生活を伝える『農村生活カタログ』

古書店で見つけて思わず手に取った1冊。著者は1903年長野県生まれで,高等農林学校(現在の農学部)を出て農業高校校長や教育委員,教育委員長を務めたインテリだ。サブタイトルが「孫に伝える私の少年時代」となっているが,自分の祖父が1901年,祖母が1903年産まれなので,まさに自分と祖父母との世代関係にあたる。

著者が育った長野県更級郡東福寺村,現在の長野市篠ノ井は長野県北部に位置し,千曲川沿いの平野部で山林ではない。当時は稲作と養蚕が盛んだったようだ。カタログとあるように,当時の生活用品を中心に暮らし,食べ物,農作業,衣服,娯楽などの様子を描いており,著者より一世代若い(つまり自分の父世代)人が多くのイラストを描いている。

わが家の素描

燃料
照明
運搬用具
乗り物
食生活と食物
農作物
肥料
家畜・家禽
養蚕
衣類と履物
藁細工
子どもの遊び
大人の娯楽
冠婚葬祭
学校生活
生活の姿・断片

自分の経験やこれまで得た知識から想像できることもあるが,目から鱗的なトピックも多い。

たとえば台風が来て大水になりそうな時,まず井戸の水を汲み上げて桶に保存する。それだけでなく井戸に汚水が流れ込むと後始末が大変なので,筵で囲って石や土やを盛る。汚水源となる便所はもちろんくみ取り式だが,あらかじめくみ取っておいて高台に移しておく。

自転車もまだ無く,荷車は荷車税がかかるので高級品。基本どこに行くにしても歩きで,荷物は天秤棒に提げたり,背負子で背負っていた。

朝食は麦飯に味噌汁,漬け物。漬け物は塩漬けか糠味噌漬けで,味噌漬けはご馳走だったという。味噌は自家製で,作る手間や大豆などの材料が必要だったからだろう。冬は野沢菜漬けかたくあん漬け。昼食も麦飯に味噌汁,漬け物。夕食は朝の残り飯かうどん,冷や麦,団子汁など。おかずは鮭か鱒の一切れか野菜の煮物。今では考えられないわびしいメニューだ。それで毎日肉体労働をこなしていたのだから驚く。

農家では米と蚕しか現金収入にならないので,米は極力売り,自分たちは麦を食べていた。

米作り,麦作りについては,分からない用語もけっこう多い。養蚕についても同様。実際に体験したことのない分野は,本人だけ分かって書いていると,読むのは大変だ。

意外だったのが,当時の結婚が媒酌人よって話をまとめる媒酌結婚であり,相手方の資産状況から家族関係,血統,家柄,親類関係など細かく調べて話を進めていたということ。本人同士は結婚式当日まで顔を合わせないことも珍しくなかったという。見合い結婚も珍しく,恋愛結婚などとんでもないことだったという。一般の人々は恋愛もけっこう自由だったと思っていた。農家は町民よりも家柄を重視したのか,明治時代になって武家風の家制度が広く農村にも普及していたのだろうか。

『農村生活生活カタログ -孫に伝える私の少年時代-』伊藤昌治著 人間選書 農山漁村文化協会
1987年7月20日 第1刷発行

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