京都府の日本海側、宮津市へ出張

12日(木)、13日(金)と、京都の日本海側宮津市へ、海士プロジェクトの仕事で出張してきた。
ここは海士町と連携し、同じ画像配信システムを使って町興し事業をやっているのだが、海士町や主水と同じ原因、つまりWindowsパソコンの自動アップグレードなどによってフル画面が引っ込んでしまったり、いまだに20年度開発の新ビューアーがインストールされていないといったことで、まともに動いてないという状況になっていた。
そこでプラットホームの中嶋さん、前の担当者である山本さんとお詫び&システム更新&スタッフ教育のために行ったのだ。


宮津市と聞いても知らない人が多いだろうが、京都府の北西部丹後地方の主要都市だ。若狭湾に面し、日本三景のひとつといわれる天橋立がある。港町として重視され、16世紀には宮津八幡山城が置かれ、城下町として栄えた。
京都府内では第三の観光地だが他に大きな産業はなく、漁業の衰退によって人口は減少し、現在は約2万人。
ぼく個人としては、高校の修学旅行で天橋立を訪れているので、実に35年ぶりの訪問だ。
朝の6時54分、国分寺から快速に乗り、東京駅で7時50分発ののぞみ103号に、そして京都駅では一番端にある31番ホームまで焦って移動し、はしだて3号に乗って12時18分に宮津駅に到着。あれ、海士町に行くのに7時10分羽田発のANAに乗り、隠岐汽船で12時40分に菱浦港に着いたのとあまり変わらない・・・ このはしだて3号は、JR西日本と第三セクターである北近畿タンゴ鉄道(KTR)の共同運営で、線路も京都駅から福知山駅まではJR西日本の山陰線、福知山から先はKTRの宮津線らしい。
宮津駅の改札を出た正面に、アクオスの47インチディスプレイとVAIOが置かれているが、電源は入っておらず真っ暗なまま。これらの街頭端末用PCは、いずれもエルデからVPNでリモート操作ができるようにしておいたのだが宮津駅のPCには入れなくなっていた。エルデのスタッフと電話で連絡を取り、あーだこーだとやってVPNがつながるようにし、ビューアーのバージョンアップや環境設定を完了。これでちゃんと20年度版のビューアーが動くようになる。
その後、天橋立を見物。雨交じりの寒い天気で、霞んでしまって眺望がイマイチ、寒くてゆっくり見てられなかったのが残念。高校時代にどこを歩いたのか、やっぱりわからない。
また宮津に戻り、街頭端末の番組編成などを担当している宮津メディアセンター
http://tango-tv.net/
に行き、スタッフの方に操作方法をレクチャーする。新しい画像などをアップしたので、明日、どんな風に映っているか楽しみ。
夜はホテルの近くのしゃれた料理屋さんで宴会。やはりICT利活用事業で関係している慶応義塾大学SFC研究所の松澤さんともご一緒する。残念ながら、ここ数日悪天候が続いたため、漁船が漁に出られず、魚が入ってないという。せっかく日本海側まで来たのに、ピザとかから揚げとか・・・ カニが食べたい!! おいしい日本酒をいろいろ出していただいたのに。
翌朝は10時からメディアセンターへ。昨日はぼくが画像ファイルのアップロードをやったのだが、今日は女性スタッフに管理者権限を付与し、メディアセンターで撮り溜めてある宮津市の映像を何本かアップロードし、公開承認し、公衆ディスプレイに配信設定するという一連の操作をやってもらう。
一通りアップロードできたので、ぼくらは宮津駅までVAIOのワイヤレスキーボードを抱えて歩くこと10分弱。なんとVAIOもアクオスもなくなっている。そういえば、13日から宮津駅の改修工事を行うので、公衆ディスプレイをいったん片付けると言ってたっけ。
宮津駅がだめなら、公衆ディスプレイのテストは天橋立駅にある端末で行うしかない。だけど、駅頭に設置してあるVAIOにはキーボードを置いてなく、操作するたびにメディアセンターからワイヤレスキーボードを持っていかなければならない。つまり、ぼくらが天橋立駅まで行って端末をチェックしたら、またメディアセンターまでキーボードを返しにこなければならないのだ。面倒くさいなと思っていたら、妙案が浮かんだ。
メディアセンターの女性スタッフに車を運転してもらい、一緒に天橋立駅まで行って公衆ディスプレイの操作を覚えてもらい、昼食をご馳走するというのだ。今後も彼女が実際には管理画面や端末の操作を行うことになるだろうから、慣れてもらわないとね。
天橋立駅に着くと、アクオスの大型液晶ディスプレイは真っ暗。夜、駅員さんが消して帰ってしまい、そのままになっているようだ。VAIOの電源は入ったままになっており、夜中にHD画像のダウンロードなどの処理は行われていた。東京のスタッフと電話でやりとりし、設定がちゃんと反映されていることを確認し、宮津での仕事は無事終了。また、駅で松澤さんと再会する。
この後、お昼過ぎなので松澤さんを含めて女性スタッフ(独身かと思っていたら、ママさんだった・・・)のお友達が勤めている近くの魚料理屋へ。店内に生簀があり、魚や貝が生きている。これなら台風が来ても魚介類が食べられるだろう。メニューを見ても目移りしてしまうので、女将におまかせを頼む。
刺身盛り、蛸のバター焼き、サザエ・あさり・ぶり・原木しいたけ・一夜干しなどのバーベキュー、焼きおにぎり、釜飯などとおいしい料理が次から次へと並び、いろいろ毛色の変わった地酒も何種類か楽しむことができた。ぼくは飲みすぎて、終わりのころにはつぶれてしまったが。
20091117-miyazu.jpg
帰りの北近畿タンゴ鉄道の車内では、特急券はあるのに乗車券が1枚もないという事態が発覚したが、ぼく自身は半分酔っていて、わけがわからず。中嶋さんと車掌さんが手配してくれて、天橋立駅に忘れている(落とした?)のが発見され、手書きの乗車券購入証明書というのを発行してもらえたので、無事に東京まで帰ることができた。
残念ながら宮津市は、海士町との共同事業として街頭端末を動かすのは今年度限りという。あと5ヶ月もないのだが、その期間中に宮津市の町興しにいくらかでも貢献できるよう、また来年度以降もできるだけ継続してもらえるよう、開発側としてはシステムをより良いものにしていきたい。

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