海士町へ3泊4日の旅

前の日記にもちょっと書いたように、10月13日(火)から14日(金)まで、島根県の沖合にある離島、中ノ島へ出張してきた。19年度からお手伝いをしている総務省の地域ICT利活用事業「locomi・海士tv」の納品・打ち合わせだ。
19年度は、基本的にうちの会社が開発をまとめたので、納品検査もクライアントであるプラットフォームスクエアの山本さんとぼくとで4月に行ってきた。ちょうど桜が満開の季節だった。
20年度分の納品は、プラットフォームスクエアの大田さん、デザイナーの川田さんが4月に海士町を訪問して行っているのだが、大田さんが退職したことや次年度以降の事業化へ向けての検討などもあり、今回の訪問となった。


今回の訪問メンバーはプラットフォームスクエアの役員の中嶋さん、社員の原田さん、関口さん、それにぼくの4人。関口さんはアルバイトを半年してお金を貯めたら半年世界各国を旅するというボヘミアン的な生活をしている若者だが、しばらく島に移住し、プロジェクトの現地担当者として町や住民と関わることになる。だから家や車も探さないといけない。プラットフォームスクエアの鈴木社長は、海士町に中古のボートを置きたいということで、これも訪問団の重要な仕事だった。
連休明けの13日火曜日、朝7時10分羽田空港発のANAで米子空港まで行く。おかげで4時に起きて5時の電車に乗らなければいけない。クライミングで早起きするときよりも1時間早いので、眠くてたまらない。飛行機は1時間ちょっとで米子空港に着く。そこからタクシーで松江市の七類港に移動し、隠岐汽船のフェリーに乗船。3時間の船旅を経て海士町の玄関口菱浦港にたどり着いた。一番大きな島である島後島(隠岐町)には空港があるけれど、ほかの島にはない。そもそも島後空港へ羽田から直行便はないので、米子経由で行くのが一番早いのだ。
この日はキンニャモニャセンターで大江課長、山口課員と軽く打ち合わせ、夜は宿の隣にある寿司屋で宴会。海の幸をたらふく食べ、地酒を飲んで酔っ払。風呂に入ることもできずに眠りこける。
14日水曜日、本格的に仕事開始だ。キンニャモニャセンターで山口さんに新しいシステムの操作方法をレクチャーし、デジタルサイネージ端末の番組設定を行うとともに、端末側のアプリケーションをインストール。最初、東京からリモートアクセスでやろうとしたけれど、ADSL接続なのでレスポンスが悪く、ぼくがコンソールからやることに。これでようやく20年度の新しいビューアーをセットできた。
昼食はキンニャモニャセンターのレストランで取る。CAS凍結の岩牡蠣を一人1個頼んだ。大きくて甘くておいしい。1個600円とけっこうな値段するが、東京だと1000円以上にはなるそうだ。
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午後は町役場の隣で開催された「名水サミットin 海士」を見学。その後、キンニャモニャセンターに戻って今後の方針などについて打ち合わせる。夕方は中嶋さん、原田さんと明屋海岸に夕日を見に行く。去年も来ているのだが、今回は海岸沿いの遊歩道を西のはずれまで歩いてみた。海には、ハート型の洞窟が開いている岩(「たらい岩」or「屏風岩」か)が浮かんでいる。遊歩道は途中、橋が「落石のため閉鎖」という看板でふさがれて終わっている。上の方は赤茶けた岩壁がそびえ立っている。
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その手前、黒っぽい岩をちょっと登ってみたが、岩質が柔らかくもろい感じ。スニーカーだったこともあって本当に触っただけだが、これではクライミングには難しいかも。隠岐群島は一つの火山が大規模な噴火によってカルデラが生成され、それが海に沈んで島になったのだが、500万年前と古いため、岩質ももろくなっているのだろう。
夜は旅館の食堂で酒盛り。またもや飲み過ぎる・・・
15日木曜日、プラットフォームスクエアの3名は島前高校の先生方と打ち合わせ。ぼくはキンニャモニャセンターでぼ~っとみんなの帰りを待つ。海士TVのコンテンツとして、島前高校のPRビデオを作製するためのインタビューも兼ねていたので、けっこう時間がかかってしまった。その間、下のお店で実家や友人へのお土産を購入する。実家へは岩牡蠣と白イカを送る。
午後は、Iターンで島に別荘を建てているというIT会社の元社長さんたちと、サーバー管理について顔合わせ。現在のADSLでは遅すぎて話にならないが、来年あたり島に光ファイバーが引かれるそうで、そうなったら海士TVのサーバーを島に置くこともありえるだろう。
夜は山内道雄町長、大江課長を交えて「島生まれ島育ち 隠岐牛店」で隠岐牛のしゃぶしゃぶ。ぼくは牛肉は固めのほうが好きで、あまり霜降り肉は食べないのだが、隠岐牛はとろけるようですごくおいしい。
山内町長は1938年生まれだから、71歳になる。NHKブックスの『離島発 生き残るための10の戦略』で、つぶれかけた海士町を建て直してきたバイタリティに感動したが、実際の人物はさらにパワーのある方だった。「ヨソ者」であり、発注先でもあるぼくらの前で、食事をしながらも大江課長に大声で役場内の問題、町の中の問題を指摘していた。まさに24時間海士町のことを考え、海士町のために仕事をしているのだろう。
隠岐牛の店でたっぷり飲んで食べたため、二次会のスナックではついに沈没・・・ 山内町長に「よく眠ってられた」とからかわれてしまった。
16日金曜日は帰京の日。中嶋さん、原田さん、安藤さんは3時過ぎの飛行機なのだが、ぼくと関口君は夜8時前のチケット。どうしようかと思案したが、結局はみんなで一緒に境港に渡り、最終的に米子で米子城跡を見て時間をつぶした。
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19時55分発の羽田行きは、到着便が遅れたために出発が30分ぐらい遅くなり、22時前に羽田着。なんとか無事に帰ってくることができた。
海士町の仕事は、開発という面ではほとんど終わっており、これからは部分的な修正やメンテナンスだけになる。総務省からの補助金も今年度いっぱい。来期からは海士町の予算でやりくりし、自立していかなければならない。
海士TVのような画像公開サイトは、確かにYouTubeやニコニコ動画がすでにある。YouTubeを使ってPRをしようという自治体も出ている。だが海士TVの、アップロードされた動画は管理責任者が承認しない限り公開されないという仕組みは、自治体にとっては法的問題などをクリアできるので、使いやすいのではないだろうか。指定した番組表に従い、HD画像を大型ディスプレイに表示できるデジタルサイネージ機能はYouTubeにはないものだし。広告モデルは成立しなくても、自治体のPRサイトとして活用されるようになれば、自立も可能じゃないかと思う。

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