09/14 府中で映画『遺言 原発さえなければ』上映会

昨日は府中市グリーンプラザで映画『遺言 原発さえなければ』の上映会と写真展だった。この映画は福島第一原発メルトダウンで被爆した、飯館村を中心とする酪農家たちの3年間を追ったドキュメンタリー。

フォトジャーナリストの豊田直己さん、野田雅也さんらは3月12日に東京を出発し、福島へ向かった。途中、車内で線量計の値がどんどん上昇し、スタッフはマスクをつける。その外ではのんびりジョギングしている人も。放射能は目に見えず、匂いも味もしない。線量計でしかその強度が測定できない。

放射性物質の大量放出があった15日、原発の風下に位置し、たまたま雨が降っていた飯館村は異常に高濃度な放射能が降下したホットスポットとなった。農産物は出荷停止に追い込まれ、酪農は壊滅状態になった。絞った生乳は穴を掘って捨てるしかない。まともに餌もあげられず、やせ細った牛たちを泣く泣く屠畜場に送り出す酪農家たち。彼らも自宅に住むことができず、避難所へと退避する。

タイトルとなっている「原発さえなければ」は6月10日に自殺した相馬市の酪農家菅野清重さんが、壁にチョークで書き残した「遺書」から取っている。この映画に出てくるだけでも、清重さんのほかに避難の足手まといになると102歳の男性、一時帰宅中に焼身自殺した川俣町の渡辺はま子さんと3人が自ら命を絶っている。ほかにも自殺者はいるのだが、遺族の意向で明らかになってないだけだという。

避難所での生活も3年半となり、飯館村は遠い存在となりつつある。もう飯館村で人が食べるものを作ることは不可能だろうと、農民たちはそれぞれの場所で新しい生活を始めている。

飯館村前田区長の長谷川健一さんは息子や仲間たちと福島市内で牧場を再開した。しかし、餌はすべて輸入品。経営的にはぎりぎりで高校生の御嬢さんに「私のアルバイトの方が割がいいいじゃない」と言われる始末。それでも彼らは飯館の畜産の火を絶やすなと歯を食いしばってやっている。

原発さえなければ、飯館村のような悲劇は起きなかった。震災からの復興はずっと早く済んでいたはずだ。それが、この先数世代にわたって人が住めない、農業ができない地域になってしまった。それなのに薩摩川内市の川内原発再稼働決定など、政府は原発推進に突き進んでいる。いったいどれだけの犠牲者が出れば気が付くのだろう。

ロビーでは岩手産野菜の即売、5階ホールでは豊田さん、野田さんの写真展も開催された。

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