【書評】『知の逆転』6人の碩学との対話

昨年話題となった新書。サイエンスライターの吉成真由美氏がジャレド・ダイアモンド、ノーム・チョムスキーなど現代の偉大なる知識人6人にインタビューしている。

知の逆転

知の逆転 (NHK出版新書 395)
NHK出版
著者:ジャレド・ダイアモンド、ノーム・チョムスキー、オリバー・サックス、マービン・ミンスキー、トム・レイトン、ジェームズ・ワトソン 、吉成真由美
発売日: 2012/12/6
価格:860円(税別)

実は1月に購入して通勤電車の中で読んでいた。あと数ページ、ジェームズ・ワトソンがロザリンド・フランクリンのことをこきおろしているあたりで電車が国分寺駅に到着。本を鞄にしまって電車を降りた。ところが帰宅して本が見つからない。電車の中に忘れたか駅で落としたか。駅で聞いても届けはないという。金額的には大したことないけれど、また買い直すのもしゃくなので、いつか図書館ででも読もうと封印していた。

ところが数日前、久しぶりに使ったビジネスバッグから普段使いのカジュアルなバッグに中身を移し替えていたら、ビジネスバッグの外ポケットになにやら入っている。本書だったというわけで改めて最初から読み直した。

第一章 文明の崩壊――ジャレド・ダイアモンド
第二章 帝国主義の終わり――ノーム・チョムスキー
第三章 柔らかな脳――オリバー・サックス
第四章 なぜ福島にロボットを送れなかったか――マービン・ミンスキー
第五章 サイバー戦線異状あり――トム・レイトン
第六章 人間はロジックより感情に支配される――ジェームズ・ワトソン

アカマイの創設者でありCEOであるトム・レイトン以外は1930年前後に生まれているので、皆さん80代。レイトンは英語版wikipediaにも生年が記載されていないが1974年高校卒業ということなのでぼくと同世代、50代後半だろう。

『銃・病原菌・鉄』で西欧がなぜ覇者となったかを人種ではなく、地理的条件が良かったに過ぎなかったと解いたダイアモンド。インタビューは総花的で短いのがちょっと不満。

「人生の意味」というものを問うことに、私自身は全く何の意味も見出せません。人生というものは、星や岩や炭素原子と同じように、ただそこに存在するだけのことであって、意味というものは持ち合わせていない。われわれの生の目的は、地球上で平和に共生する人間の数を最大にするということではもちろんないし、どんな状況であれ、数が多ければ多いほどいいというものでもありません。

(56ページ)

と言い切っているのが印象的。

チョムスキーは「普遍文法」で知られる言語学者だが、1960年代ベトナム戦争以降は反戦活動家としての存在の方が大きい。本書でも市場原理やアメリカのグローバル支配、中国の独裁、インターネット規制などについて批判している。
教育問題について語っているところで、アメリカの州立大学が私立大学になるだろうと予言している。

カリフォルニア州を例にとってみましょうか。おそらく世界中で一、二を争う富裕な場所でしょう。非常に高いレベルの公教育システムがありましたが、崩壊しつつある。バークレー(カリフォルニア大学バークレー校)やUCLA(同ロサンゼルス校)などの主要大学は、おそらく私立に移行するでしょう。既に他の私立大学同様、授業料が高くて高い資産を持つ大学に変わってきていますから、特権階級のための私立大学に変わっていてt、他の大学は職業学校のような形に移行してしまうのではないか。
(略)
世界でも有数の富裕な場所であるカリフォルニア州が、進んだ公教育制度を壊そうとしているわけで、これは全く経済的理由からではなく単に社会的な選択なのです。

(116ページ)

日本でも国立大学の授業料が私立大学との格差是正という不思議な理屈で毎年のように引き上げられ、とても学生がアルバイトして払える金額ではなくなってしまった。ぼくが学部時代に年間9万6000円だった授業料は今では50万円を越えている。能力があれば誰でも入れるというわけではない。

人工知能の父と言われるマービン・ミンスキー。彼は現在の人工知能やロボットについてはかなり否定的な立場だ。
なぜ福島第一原子力発電所にロボットを送り込んで修復作業ができなかったのか、スリーマイル島の事故から30年経っているのに、進化がないと嘆いている。

たとえば、ソニーの可愛らしい犬ロボットは、サッカーができるわけです。それはたしかに何かを蹴ることができるけれども、ドアを開けることも、ましてや何かを修理することもできない。ですからロボット工学に関しては、30年前にその進歩はほとんど止まってしまって、その後はもっぱらエンターテイメントに走ってしまったように見受けられます。
ホンダをはじめとするいろいろな会社が、見栄えがいいロボットを作ってきたわけですが、そういうのは笑ったり動いたりするだけで、実際には何もできない。既に30年を浪費しているにもかかわらず、いまだに研究方針に変化の兆しも見えない状態です。本当に残念です。

(173ページ)

でも、産業用ロボットはそれなりに進化しており、現在の工場では大活躍していると思うのだが。原発作業用ロボットが登場しなかったのは、「原発は事故を起こさない、だから原発作業用ロボットは不要である」という政府・電力会社の方針ではなかったのか?

DNAの構造解析でノーベル賞を受賞したジェームズ・ワトソンは、最初にDNAのX線写真を撮影して構造解析の糸口をつかんだ女性研究者ロザリンド・フランクリンの業績を無視し、葬ったとあちこちえ批判されている。彼はいまだにこの問題は腹に据えかねているようで、吉成氏の「彼女の貢献に対する十分なクレジットが与えられていないという批判もありました。フランクリンは、いったい何をしていれば、彼女自身がNDA構造を解明できる可能性が高くなったのでしょう」という質問に対し、

残念ながら違うDNAを持って生まれてくる必要があったでしょう。彼女には社交性というものがなく、どうやって他の人とつきあっていいのかわからなかった。おまけに明らかに被害妄想の気もあって、他の人が彼女から盗もうとするのではないかと恐れていた。だから、誰も信用しなかった。彼女の態度のせいで、他の人は彼女を助けたいと思わなくなった。もしいい性格だったら、それだけで既に助けになる。ブスッとした不機嫌な人だったら、誰も助けたいと思わないでしょう。

(289ページ)

ハッキリ言って、彼女はノーベル賞に値しない。ノーベル賞は敗者には与えられない。誰も彼女から賞を奪ってなどいない。彼女には何か月も自分で問題を解く時間があったのに、どうやって解釈していいかわからなかった。どうやって勝つか、つまりどうやって目的を達するかということを知らなかった。

(290ページ)

と全面否定である。ワトソンは優生学的な発言とかいろいろ話題になる人だが、ロザリンド・フランクリンの問題も死ぬまで撤回する気はないのだろう。

登場する6人のうちダイヤモンド、チョムスキー、ミンスキー、サックスはユダヤ教徒の家に生まれている。レイトンとワトソンの宗教的・人種的バックボーンはわからないが、レイトンをのぞく5人とも無宗教であるというのも面白い(レイトンには宗教について尋ねていない)。

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