8/24・25 伊豆のご先祖様を訪ねる

父方の祖父母は、二人とも伊豆市市山(いちやま)出身で、同じ土屋姓である。伊豆のあたりは土屋が多いので、特に近い親戚というわけではないのだろう。父は生まれも育ちも八王子で、本来なら故郷は八王子ということになるのだが、市山を故郷と呼んで親しんでいた。葬儀で読み上げた「お別れの言葉」でも

私は本日、皆様方とお別れいたします。長い間、小生に賜った温かいご支援・ご指導に対して心から御礼申し上げます。
思えば、長い年月、自分にとっては実に恵まれた人生でした。懐かしい思い出でいっぱいです。いつも小生の心をとらえていた”ふるさと”市山への思い(よく山道を歩いた天城の山々、狩野川のせせらぎ、寝床で聞いた水車小屋の音など)、戦災で焼けててしまった八王子の小学校、中学校の思い出・・・

と、真っ先に市山の思い出を語っている。父が子どもの頃家は貧しかったし、祖母は遊びを嫌って旅行なんてとんでもない、という勤勉な人だったから、何度も市山へ行ったとは思えない。それでも駅前で「都会」だった八王子よりも緑豊かな市山がよほど印象に残っていたのだろう。

この市山をぼくが始めて訪れたのは1963年8月。今からちょうど50年前の夏休みのこと。当時35歳の父に連れられた6歳のぼくは、電車とバスを乗り継いで祖母の実家におじゃました。旅の様子は覚えてないけれど、当時の市山は「去年、ようやく電気が通った」という山奥。母屋にトイレは無く、離れの牛小屋の一角に掘られた穴がトイレだった。「箱メガネ」を使って川の中を覗いて魚を捕ったりしたが、ガラスを石にぶつけて割ってしまったことがずっと記憶に残っている。

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その後、弟も行ったようだが、ぼく自身はこれっきりになってしまった。小学校高学年にあがると父は海外勤務が多くなり、家族旅行どころではなかったし。

父の葬儀で「お別れの言葉」を朗読した。市山へ行くことが父の供養にもなるのではないか。行くならこの夏、50年ぶりの訪問だ。8月に日帰りで行きたいので、先祖の墓に線香をあげたいと手紙を書いた。

しばらくして長男のAさんから電話があった。8月中旬は夏休みとお盆で道路が大渋滞するからその翌週以降がいい、ぜひ泊まっていってくれと。Aさんは現在53歳。50年前に会ってはいるはずだけど記憶にはない。

というわけで8月24・25日に市山を訪れた。府中から橋本経由で厚木まで下道を走り、厚木から沼津まで東名高速。休日割引で950円なり。あとは国道136号をひたすら走る。お盆休みを外したけれど、けっこう渋滞している。やがて右手に見たことのある山が現れた。あの右手ピークの中継塔群と左手ピークの大岩壁は・・・城山だ。そういえばここは大仁。城山は伊豆の国市で市山は伊豆市。実は隣り合っており、かなり近いのだ。城山には何度もクライミングで来ているのに気がつかなかった。

50年ぶりの実家は、さすがに牛小屋も水車小屋も無くなっていた。それでも家のまわりを用水が取り囲み、ちょうど寝室の前あたりで1mぐらいの段差があるので水音がずっと聞こえる。父が「寝床で聞いた水車小屋の音」だ。

おばさん、Aさんに挨拶し、「お別れの言葉」や写真を見せて昔話に花が咲いた。やがてAさんの妹のSさんが遊びに来て弟のTさんも帰宅。Sさんは三島に嫁いでおり、息子さんは中学時代はレスリング静岡県代表。現在は明治大学レスリング部で頑張っているそうだ。土屋一族ではいとこの息子、中澤聡太が川崎フロンターレで現役Jリーガーだが、Sさんの息子さんといい、二人のアスリートとも土屋姓でないのがちょっと残念。

Aさんは甘党であまり飲まないというが、Tさんは酒好き。サッポロ黒ラベルの大瓶が次々と空になり、やがて焼酎水割りに変わった。ぼくも嫌いじゃないので一緒に飲む。こちらの3きょうだいは、ぼくよりも弟の方が印象に残っているようだ。Tさんは49歳だから、50年前には生まれていなかったわけだから当然だが。

翌朝、目を覚ますと外は雨。だんだん強く降ってきて「墓参りも無理かな」と。それでも10時を過ぎたころにいったん止んだのでAさんと土屋家先祖代々の墓へ。50年前には行ったのだろうか。歩いて数分だけどけっこう急な坂を登った丘の中に墓地があった。本家の墓に線香を供えて合掌。隣におばさんの実家、すぐ近くに分家の墓があり、そちらにも線香を供える。
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本当は浄蓮の滝や狩野川上流なども行ってみたかったが、天気がイマイチなのと裾野市に住んでいる友人からランチを誘われていたので断念。そこがうまく伝わっておらず、おばさんが昼食の準備を始めていたので申し訳ないことになってしまった。

朝採ってきたという新鮮な野菜をどっさりいただいて市山を後にする。次回、天気が良くて時間がある時にゆっくり訪れたい。

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帰りの139号線は大仁あたりから沼津までずっと渋滞。2時間もかかってしまった。裾野で友人夫婦と合ってランチをご馳走になる。さらに野菜をお土産でいただいてしまった(苦笑 東名高速はあちこちで事故が起きていてこれまた渋滞。厚木で下道に降りてからはスムースに流れる。途中、実家によって母に野菜を少し分けてきた。それからは毎日野菜をせっせと食べている。ナスは消化しきれないので塩漬けにして佃煮にする予定。

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