11/24 ITだけで産業革命は起きない 『メイカーズ』

『FREE』に続くクリス・アンダーソンの新作。インターネット(ビット)の世界ではすべてが無料(フリー)になるという前作とはうってかわって、IT技術と融合したもの作りで製造業が変わっていくというアトムの話だ。

  • 書名:〔メイカーズ〕21世紀の産業革命が始まる
  • 著者:クリス・アンダーソン
  • 翻訳:関 美和
  • 出版社:NHK出版
  • 本体価格:1900円
  • 初版:2012年10月25日
  • ISBN:978-4140815762

『FREE』に散りばめられていたノー天気な技術礼賛・極度の楽観主義は相変わらず。

熟練した機械工だったクリスの祖父は1943年、時計仕掛けのスプリンクラー自動散水装置を発明し、特許を取った。しかし当時は個人がその装置を製造販売することはできず、大企業に特許を買い取ってもらうしかなかった。祖父はわずかばかりなパテント料をもらっただけだった。だが、21世紀の今は違う。無料CADで設計図を描き、3Dプリンタで試作品を作り、工場に製造を依頼し、Webで販売すれば誰もが製造業(メイカー)になれるというのだ。

また、工場のロボット化が進めば製造費に占める人件費の割合は低下し、中国など開発途上国の優位性は下がる。逆に消費者に近い場所、つまり米国内やメキシコなどで作る方が優位になるという。

確かにCADで描いたデジタルデータから立体物を作り出す3Dプリンタやレーザーカッター、フライス盤は画期的なソリューションだ。だけど、これらの加工機は単一素材しか扱えない。3Dプリンタはプラスチックを積み上げるだけだ。

実際に私たちが生活の中で使っている「ブツ」はいくつかの素材が組み合わさっているものがほとんどだ。たとえばぼくは先日、デジタルカメラの接続ケーブルが欲しくなった。USB micro-B端子かと思ってカメラ屋に行ったけれど、どうも違う。店の人も最初は「mirco-Bですよね」と店頭のケーブルを挿そうとしたけれど、わずかに形状が違う専用端子であることがわかった。メーカーに在庫があり、630円とmicro-Bのケーブルと金額もそんなに変わらないので取り寄せを頼んだ。

この端子を3Dプリンタで作ることは可能か。コネクタは燐青銅などの電極、ステンレスなどのシールド壁、銅線、プラスチックモールドなどからできている。電極の形状が分かったとしても3Dプリンタではモックしか作れない。レーザーカッターもCNCフライス盤も歯が立たない。

エルデはPowerNavi BCAAというサプリメントを製造販売しているメーカーでもある。ここでも3Dプリンタやフライス盤は無用の存在だ。BCAAはバリン・ロイシン・イソロイシンという3種類のアミノ酸を配合した粉末。健康食品専門の製造工場に比率と充填重量を指定し、ボトルの型番を指定し、ラベルとスプーンを持ち込んで作ってもらっている。大手メーカーだとボトルから作ることもあり、その場合には3Dプリンタが活躍するシーンがあるかもしれないけれど、たいていはボトル専門メーカーのカタログやサンプルから選ぶだけ。むしろ試作段階で配合や味付け、フレーバーなどをいろいろ変えて調合する方が重要だ。

そして『メイカーズ』で決定的に軽んじられているのが販売やマーケティングの役割。健康食品製造工場にお金を払って何百本かのBCAAボトルを作ってもらうのは簡単だ(ネーミング、デザイン、法律上の表示などクリアするべき問題は多々あるけれど)。だが、作ったBCAAをどうやって売るのか、値段を幾らにするのか。そっちの方が大問題だ。MUSASHIやグリコ、森永といった大手と同じ価格では売れないし、かといって安くし過ぎたら儲けが出ないという、当たり前の結末が待っている。

さらには、その製品をどうやって消費者にアピールし、買っていただくのか。コマースサイトを立ち上げたところで誰もアクセスしてくれない。知らないサプリメントなど買ってくれない。専門誌に広告を打ち、有名アスリートにスポンサードを申し込み、彼らのブログで書いてもらい、ジムに販売をお願いし、試飲会を開催するといった地道な努力を積み重ねてやっと認知していただくことができた。

まぁ、クリス・アンダーソンのような業界有名人ならば、「こういう面白いモノを作るよ」とTweetするだけでそれなりの購買は見込めるのだろうけど、商売にして継続させていくにはそれなりの苦労が必要なはずだ。

エルデ(というか前身の有限会社トーコーシステム時代)でこんな例もある。25年前に編集していたパソコン雑誌にPC9801用Z80エミュレーションボードの改良版を発表し、読者向けにプリント基板や完成品を頒布した。アマチュアはもとより、大手メーカーや通信事業者からも注文が舞い込み、みんなで製品を袋詰めして発送した記憶がある。これはもともと、ライターがカノープス製品が高くて使いにくいので自分で基板を設計したものの、数枚だとプリント基板を作るコストがバカにならないことから、有志を募って業者に発注したいと考えたところから始まった。

メディアがWebではなく雑誌だったこと、通信手段が手紙やパソコン通信だったこと、コミュニティがかなり狭いリアルな知り合いに限定されていたことを除けば『メイカーズ』に登場するミニ製造業と変わらない。

クリスの祖父がスプリンクラー自動散水装置のビジネスを自分でできず、大手にパテントを買い取ってもらうしかなかったのは、時代のせいではない。コンシューマー向けの製品だったからだ。1940年代だって、マニア向けの製品を個人で作り、成功した例はある。あるいは自らリスクを負って大量生産を手がけ、大企業に成長した例だってある。松下幸之助や本田宗一郎は別に資産家だったわけではない。昔から外注で製品を作る職人や小さな工場というのはあったのだ。

ITが進んでも、そんな簡単に産業革命は起きそうにない。

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