08/04 管制塔被告連帯基金にカンパした

大学2回生の春休み最後の日曜日、寮集会室のTVには管制塔に翻る赤旗が写っていた。78年3月26日、手製装甲車を先頭にゲートを突き破って空港に突入した赤ヘル軍団、そして管制塔に駆け上がった17人の戦士たちによって成田空港の30日開港は木っ端みじんに吹っ飛んだ。

やがて突入した機動隊に逮捕され、管制塔を下りてくる戦士たちがアップになる。「あれ、太田さんじゃないか」。学内でプロ青同の活動家として活躍していた、太田敏之さんらしい人が写っている。ぼくはその直前、三里塚の集会で太田さんとすれちがっていた。

この日の闘争で岡大生4人が逮捕され、学長は文部省まで謝罪に出向いた。空港突入や横堀要塞戦で逮捕された3人は1年後に大学に復帰したのだが、太田さんは10年近い獄中生活を余儀なくされた。

結局、機動隊に守られて成田空港は開港した。反対同盟の戸村委員長の早すぎる死。困難な状況の中で反対同盟と支援は分裂し、相手を裏切り者と罵倒し、暴力的襲撃すら起こった。

ぼく自身、分裂時代には大学院に入っていて学生運動の一線からは遠ざかっていたし、その後は東京に帰って仕事を始めた。いつの間にか「成田エアポート」を利用する側になってしまっていた。

もちろん、三里塚では今も廃港闘争が戦い続けられている。だが、管制塔占拠戦士たちのことはすっかり忘却の彼方へと去っていた。

それが先月の新聞で、元被告たちに対し、損害賠償請求の強制執行がかけられ、給与が差し押さえられたというニュースを読んだ。

やがてメーリングリストやブログで詳しい情報が流れてきた。
この3月から勤め人に対しては給与の4分の1、役員になっている人に対しては全額が差し押さえられていたのだ。総額1億300万円。しかも16人への均等割ではない、全員の連帯責任とされ、最後の一人まで全額が請求される。損害賠償に対しては自己破産という対抗策も取れない。

当時、学生や青年労働者だった彼らはぼくと同世代。50歳前後となって家庭を持ち、年老いた親を介護したり、子どもの学費に追われていることだろう。それを突然給与4分の1から全額差し押さえ。これでは生活は立ち行かなくなってしまう。最長12年間の獄中生活を余儀なくされた元被告たちに対し、死ねということか。政府の威信を破壊した者に対しては、徹底して報復しようというのか。

元被告団、反対同盟、支援団体は今年10月を目標に1億300万円を集め、支払うことで合意した。
敵に渡すための1億円カンパ。悔しいけれど、これも三里塚闘争。

早速、無党派の支援基金が発足して募金活動が始まった。

管制塔被告連帯基金
http://jioos.podzone.net/
郵便振替口座00130-3-445762 管制塔被告連帯基金

ぼくも少い金額ではあるけれど、カンパを振り込んだ。
三里塚闘争に関わり、学友に支援を訴え、仲間たちと現地に赴いた一人として、管制塔占拠に心から喝采をあげた者として。

「正義は管制塔占拠の瞬間も現在も私たちにある」

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