プチ古典を読む

このところ「古典」というほど古くはないけれど、明治から昭和に出版された本ばかり読んでいる。先日、会社から持ち帰ったビジネス書など100冊近くを処分したことで、あまり寿命の長くない実用書とか自己啓発書を読む気にならなくなったのだ。「○○倍儲かる」とか「××仕事術」みたいな本。いくら読んでも実際には儲からないし、仕事も改善されない。

夏前ぐらいから読んだのが「沈黙の春」(レイチェル・カーソン/1962年)、「アメリカの鱒釣」(リチャード ブローディガン/1967年)、「我が輩は猫である」(夏目漱石/1905年)、「星と嵐」(ガストン・レビュフォア/1954年)、「ホモ・ルーデンス」(ホイジンガ/1938年)、「山のパンセ」(串田孫一/1957~63年)。

読んだと言うほどの点数ではないけれど、「我が輩は猫である」は文庫で560ページ、「ホモ・ルーデンス」は470ページ、「沈黙の春」は390ページとボリュームがある。しかも「我が輩は猫である」は明治の小説らしく、戯作風で現代小説とはだいぶトーンが違う。

朝日新聞の『姜尚中さんと読む 「吾輩は猫である」』によれば「名前は知っているが、なかなか読了できない古典――。そんな作品の代表格と言えば、日本の小説ではおそらく漱石の『吾輩(わがはい)は猫である』ではなかろうか」というぐらいだもの。我ながら560ページよくがんばった。

読みたいな、気になるなと思って読んでいない古典は山のようにある。「源氏物語」も「大菩薩峠」もまだ手を付けていない。本を読めるのはあと15年か20年か。

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