統一協会(勝共連合)=原理研
「岡大学生新聞」をデッチ上げ

全学的な糾弾を彼らに

 全国各地の大学で学生に対するスパイ活動、テロ・リンチを働き、ニセ「大学大学新聞」をデッチ上げ、自治会やサークルつぶしを行っている統一協会(勝共連合)原理研、彼らは岡大に於てはここ二、三年学内で公然活動を行っていなかったが、昨年十二月頃よりアンケート調査などと称して表われ(岡大新聞248号)、特に入学式以後、原理研、共産研などの名で置きビラをするなど、活動を活発化させている。

 そして我々岡山大学新聞会ときわめて粉らわしい「岡大学生新聞会」なるものをデッチ上げ、五月下旬になって「岡大学生新聞」創刊号を学内にバラ撒いたのである。これは五月二七日夜に各学部教官室へ、二八日朝には教養部で、三○日には鹿田地区医学部キャンパスで散かれた。二八日、三○日の両日とも配布していた二人組の男を学生が迫糾したが、この時彼らは自ら原理研メンバーであり、編集にも関っている事を認めたり、デタラメな住所・氏名を告げたりしている。

 「岡大学生新聞」創刊号を見てみると、学内「ニュース」記事、理農工医歯薬各学部長のあいさつ文、サークル紹介、書評、そして「全新連企画」と名うった倉前盛通のインタビューなどがあり、また百名近い開業医(OB)からの名刺広告が目につく。しかしこれらの記事、広告はサギ行為によって集められた。

 学部増設や緑化計画などを賛美している記事や各学部長のあいさつ文は、あたかも公認の新聞会であるかの様に偽って取材したものであり、また一般商業紙からの無断転載記争もある。

 サークル紹介に至っては無断で学友会新歓パンフから抜き出し、手を加えたものであり、学友会、サークルに対する許しがたい暴挙である。

 そしてこれらの記事をカモフラージュにして彼らの本心を出しているのが、倉前盛通インタビューや書評である。

 この倉前盛通という人物は、統一協会が組織している反共知織人グループ「世界平和教授アカデミー」の一員で、積極的に反ソ反共宣伝を行っている。さらにこの「全新連」とは原理系「ニセ新聞」の全国組織「全日本学生新聞連合(正統なる大学新聞の組織として一九四九年に結成された全学新の名を借称)」のことであり、全く同じインタビューが「京大大学生新聞」など全国の原理「新聞」に出ている。

 OBからの名刺広告集めについては「強引すぎる」等の苦情、投書があり、しかもそれが医学部新聞部の行為だと誤解されている。

 このように平気で他人をあざむき、サギ的行為を働く彼らの行動は統一協会=原理研の本質でもある。

 「世界基督教統一神霊協会(統一協会)」は一九五四年五月、文鮮明によってソウルに作られたのが発端である。そして日本には五八年、韓国より密入国した崔翔翼(日本名西川勝)によって持ち込まれ、六四年に立正校成会から転向した久保木修己を会長に統一協会が発足、同じく小宮山嘉一を会長にして全国大学原理研が作られた。

 そして韓国では朴政椎下KCIAと一体となって、日本では岸元首相ら右翼、日韓ロビイストの保護をうけて、急速に勢力を拡大、六八年、笹川良一を名誉会長、久保木修己を会長にして「国際勝共連合」が結成されたのである。

 彼らの新人獲待の手段はまず「聖書に興味はありませんか」などと言って近づき、アンケートをとる。ここで氏名住所がわかればその人の下宿に何度も押しかけ、「ホーム」や「教会」に来るように誘う。やがて「修連所」という合宿に連れ込み、徹底した洗脳教育を行い、勝共思想をたたき込むのである。

 この「修連会」で精神に異常をきたす者、死亡者、自殺者が相つぎ大きな社会問題となった。また洗脳された信者たちは「ホーム」に住み込み、学業を放棄、さらには家をも捨てて「伝道」や街頭での花売り、朝鮮人参茶売り、などにかり出されるのである。

 また統一協会の極めて異様な特質は聖書をネジ曲げたその教義である。これではエデンの園でアダムとエバがサタン(蛇)と性的関係を結んだため、すべての人間がサタンの血をひいているという。そしてその血を浄める方法というのが神である文鮮明と交わる「血分け」であり、現在でも文鮮明の指示によって見知らぬ男女信者が次々と結婚させられる「合同結婚式」にその考えが統いてる。

 さらに文鮮明は「共産主義=サタン」という図式で「宗教」と反共思想を結びつけ、「共産主義者はサタンだから殺しても良い」と自分らの行動すべてを正当化しようとしている。

 特に七○年代に入ってからは大学当局と一体となっての自治会、サークル運動つぶしが相つぎ、学内管理強化の尖兵となっている。たとえば青山学院大では当局によって他大学より原理研30人が入学し、数サークルを作るやそれを公認し、従来の文連を非公認とした。そしてサークル連合、大学祭などを完全に牛耳っている。

 また筑波大では一切の宗教・政治活動が禁止されている中で原理研のみが活動を許され、入学式で大学職員が全大原研の機関紙を配って国会でも追及された。